「ネット祭り、各層採集のお話2、そして祭りの後」
1月17~18日午前中
17日の朝から18日の昼までは生物チーム主体の観測です。IONESSによる昼夜採集を行うために、夜が少し長くなるところまで北上し、測点を南緯62度、東経110度を測点としました。10時前に、まず大型採水器付きのCTD観測から始め、NORPACネット(小型ネット)、IONESS深層、浅層採集、通常の海底直上までのCTDキャスト、
暗くなる21時30分過ぎから夜のIONESS深層採集開始、日が変わってIONESS回収、同浅層採集、
4時からRMTの深層採集、続いて浅層採集で12時終了予定。
最後の観測点です。

RMTは、IONESS同様の開閉式ネッですが、採集層は3層のみです。その代わり、網口面積が8m2で目合いが4.5㎜と網口面積が1m2で目合いが0.33㎜の2種類のネットを同時に開閉することができます。開閉方法はIONESSと同様ですが、ネットを取り付けたバーを滑らせるのはレールではなくて、ワイヤーロープになっていて使わないときはコンパクトに畳むことができる点で異なります。
大きな網の方では比較的大型でレアな生物の採集、小さい網の方ではその餌となるようなプランクトンを採集するという仕掛けです。準備に人手がいるのが難点ですが、大型の生物を取るにはもってこいです。500-1000mのサンプルでは大型(傘径25㎝)のクラゲや、小型のクラゲ、ナンキョクダルマハダカ(ハダカイワシ科魚類)などがとれました。これらは南極海の中・深層の常連ですが、珍しい種類も取れています。

サンプルは、ホルマリン固定して分類し、分布をしらべるためだけではなく、新鮮な状態で選別(ソーティング)して、固定すると変化してしまう形質を測定したり、生化学的あるいは遺伝子な解析を行うために液体窒素中で凍結したり、アルコールに付けて持ち帰ったりします。


顕微鏡下でソーティングしているのは、南極海に固有のカイアシ類で、夏は浅いところで成長し、親になる直前の段階で中・深層に潜り、翌年の春に親になって表層に戻り、産卵します。
主要カイアシ類や深海魚については、安定同位体比(炭素13と12の比、窒素15と14の比)を測定することにより餌を推定することができます。
もちろん餌になりそうな生き物や、水に浮かんでいる粒子の同位体比も測らなければならないので、サンプリングは、海水の大量濾過などさまざまな方法で行っています。

サンプル瓶を並べた写真は、IONESSの深層(1500m~400mまで8層、上の写真)と浅層(400m~海面までの8層、下の写真)のサンプルのシリーズです。

浅い方(右側)の2本は、それぞれ80~40m、40m~3mまでのサンプルです。サンプルがたくさん取れたので大きい瓶に入れてあります。これら2 層では珪藻(植物プランクトン)が非常に多く、目詰まりして水が濾せないので、動物プランクトンがうまく捕れません。RMTの8m2のネットは目が粗いので珪藻は詰まらず、50mから水面までのサンプルにはナンキョクオキアミの小型個体がたくさん捕れていました。IONESSの深層のサンプルにはクラゲ(赤いもの)が見えます。
このほか、表面のプランクトンはIONESS浅層曳きと同時にORIネットを舷側から曳くことによって採集しました。ついでに言うと、表層の小さなプランクトンはCTD観測中にNORPACネットによって採集しました。さまざまなネットを総動員して、まさにネット祭りでした。


RMTの浅層採集の曳網がはじまると、IONESSの解体が始まり、9時にはバラバラになっていました。さらに、 12時過ぎにRMTが回収されると、サンプル処理と並行して、ただちに解体されネット祭り終了の感慨にふける間もなく、13時前には完全に解体が済みました。いつもながら、甲板部の後片付けの速さにはびっくりしてしまいます。

「1年間宜しく」
1月16日
昨日からやっていた南緯64度のCTDシリーズの後は、係留系の設置点の地形調査です。南極海では良くあることのようですが、海図とは水深が全然違っていて、かなりの範囲をサーベイしなければなりませんでした。設置点を決めてCTD観測を済ませ、6時半から係留を開始しました。
大きな作業となると、ボースンの神崎利幸さんと(甲板長:黒いパーカー)とストーキー(甲板次長:青いパーカー)の佐藤匡さんの腕の見せ所です(写真その1、その2)。まず黄色いカバーに入ったガラス玉のブイを投入、船をゆっくり航走させてロープを張りながら少しずつ繰り出してセンサー(写真では流速計)を投入、再びブイ、センサーと次々に投入して、最後はブイ、音響切り離し装置の投入、アンカー(レール)をスナッチフックで吊るしたまま設置予定点まで航走し、スナッチフックのひもを引いてアンカーを投入して終了です(写真その3~5)。新しいデジカメの高速連写性能のおかげで、スナッチフック解放の瞬間が撮れましたので載せておきます(写真その5)。やはり新しいものは良くできていますね。人間はそうでもないですけれど。
海洋観測支援センターの博士研究員の嶋田さんが、音響切り離し装置の船上局から信号を送って、切り離し装置の着底と設置水深を確認しました(写真その6)。南緯63度50分、東経107度40分と50分のあたりにそれぞれ1系設置です。水深はおよそ3250mと3600mでした。係留系は底層水の流向・流速と水温・塩分を測定するためのものなのでロープが短く、設置は短時間で済みました。来年、海鷹丸が来るまでセンサーが無事にデータを取り続けますように。音響切り離し装置がうまく作動し、アンカーがうまく外れてブイが浮き上がってきますように。海洋物理学研究室の財産のほとんどかどうかは知りませんが、高価な機器類と1年間お別れです。かわいい子には旅をさせよ。貴重なデータを持って帰ってきて頂戴。
物理チームの主な観測は今日で終わり、あと3点のCTD観測を残すのみです。(石丸)

1月16日の写真その2.神崎ボースン(甲板長)です。

1月16日の写真その3.「切り離し装置」です。

1月16日の写真その4.錘をつけて航走します。

1月16日の写真その5.最後に錘をレッコ(切り離して海中に落とし込む)するところです。

1月16日の写真その6.海洋観測支援センターの嶋田さんです。

「底層水のお話」
1月15日
深層大循環についてご存知の方も多いと思います。海水は塩分が高いほど、また水温が低いほど重く(密度が高く)なります。大西洋の海水は太平洋の海水より塩分が高いです。赤道付近で出来た水蒸気は積雲を生じますが、大西洋で出来た積雲の一部は偏西風に乗ってパナマ地峡を越え、太平洋側で雨を降らせます。一方、太平洋で出来た積雲はアジア大陸の高地に阻まれて雨を降らせ、水は大河となって太平洋に戻ります。海水の塩分は、蒸発量と淡水流入量のバランスで決まるので、大西洋の方が塩分が高くなるというわけです。高い塩分の海水が冷やされると、とても重い水ができます。そういうわけで、グリーンランド沖で冷却された重い水は沈み込んで深層水となり、大西洋を南下し、赤道を越えて南極海に至ります。南極海では海氷が沢山作られます。普通の海水(3.5%ぐらいの塩類を含む)は-1.9℃で凍ります。この時、水に溶けていた塩類は氷の中には入っていけないので、濃縮されて塩濃度の高い海水(ブライン)ができます。ブラインの一部は氷の中に閉じ込められ、多くは海底に沈んで底層水となります。こうして南極海で作られた底層水は、大西洋から来た水と一緒になってインド洋から太平洋に入り北太平洋に至って、緩やかに湧き上がり表層水になると言われています。この表層水は太平洋を南下してインド洋、大西洋の表層の流れとなってグリーランド沖に戻ります。この大きな循環は提唱者の名前を取ってブロッカーのコンベアーベルトと呼ばれており、1周するのにおよそ2000年かかるそうです。この大循環は気候に大きな影響を与えると言われており、気候変動を予測する上で、深層水がどのように作られ、またどの程度の量が作られるのかを明らかにする必要があります。ポリニヤと呼ばれる南極大陸の陸棚上の氷の開いた海域では、海から大気へと大量の熱が放出され、海氷生産が活発です。強い風で海氷が沖に運ばれ、開いた海面では新たな海氷が次々と作られます。ここでは、ブラインの排出とともに超低温の海水が沢山作られて沈み込みます。
海洋大物理チームの今回の目的は、中規模ポリニヤで作られる低温水の量を推定して、それが底層水となっていく過程を明らかにし、また底層水の作られる量や特性の年々変化を明らかにすることです。いやというほどたくさんの海底直上までのCTD観測と、明日やることになっている係留系の設置はそのためのものなのです。今日はCTD観測を繰り返しつつ、係留する機材をデッキに並べて組み立てました。写真左は
組み立て風景。右(写真その2)は念入りに点検する北出隊長。(石丸)

1月15日の写真その2.係留系の点検をする北出隊長。

「クジラの唄が聞こえない」
1月14日
結局今日も晴れませんでした。風速は13mから10mまで下がりましたが、なかなか気圧が上昇しません。今日から明日にかけて、南緯64度のライン上で、東経106度50分から109度までの間の8測点で、海底直上までのCTD観測を行います。測点間の距離が短く、観測と観測の合間が1時間半程度(観測時間は約3時間)ということで、なかなか大変な観測です。
ところで、本航海では、今までに私が経験したことのないくらいクジラが頻繁に現れます。私が見たのはザトウクジラだけですが、目視観測隊長の岩田さんによれば、ナガスクジラ、シロナガスクジラ、イワシクジラも現れたそうです。今日も、観測中にすぐそばにザトウクジラが現れました。岩田さんは、停船観測のたびにハイドロフォンを下してクジラの声を録音しようとしています。写真は岩田さんがハイドロフォンを垂下しているところ(錘の上にある小さなもの)と収録音をモニターしているところです。岩田さんの博士論文はオットセイの生態に関する研究だそうですが、なんとなく風貌が似ていると思いませんか。人懐っこい性格で女性にも人気があります。女性と言えば、本船には大勢乗船しています。まず、船舶職員では、28人中の4人、専攻科は30人中10人、研究関係では18人中12人、合わせて76人中の26人です。船は男の世界というのは昔話ですね・・・と脱線です。クジラの出す音としては、仲間同士の会話に使われるものと、餌を探すときに使われるものがあります。テレビなどでよく放送されているのは前者で「ウィィィィーン」といった感じの音です、これは主に繁殖海域である熱帯・亜熱帯海域で聞かれるもののようです。後者は「カチッ カチッ」といった感じの音で、餌を食べに回遊してくる南極海では、よく聞くことができるのではないかと思われます。海鷹丸もいろいろな音を出しています。エンジンの音もあれば、測深器や船底に設置されているドプラー流速計、魚群探知機などから出る超音波などもあります。周波数を解析しないとはっきりしませんが、クジラの出す音はどうもとれていないようです。チャンスはもう僅かですが。(石丸)


岩田さんは海鷹丸で南極に行くのは初めてで、実は船には弱いひとなのです。がんばれ岩田さん。(茂木)
「馬と犬」
1912年のきょう1月17日、イギリスのスコット隊がアムンセンに34日遅れて南極点に到達しました。スコットは帰途遭難し結局ベースキャンプまで戻ることはありませんでした。スコットとアムンセンの明暗を分けた要因については様々なことがあったようで、これはいろんな本に書かれているのでぜひ読んでみてください。何かを成し遂げるときに「準備」がいかに大事かということに気がつかされます。ひとつだけ紹介します。アムンセンが犬を、そり曳きや食料として連れて行ったのに対し、スコットは馬(ポニー)をそり曳きの主力と考え、食料としても想定していなかったようです。アムンセンは計画通りに犬の数を減らし、帰りの食料として帰途に残したりしていきましたが、スコットのポニーちゃんたちは全滅し、最後は人間がそりを曳くこととなります。スコットの名誉のために申し添えますが、スコットは探検よりも科学調査に大きな興味をもっていたといわれ、実際にいくつもの重要な科学的知見を得ていました。
写真の犬は本文とは関係ありません。(茂木)

写真の犬は本文とは関係ありません。(茂木)
