南極の魚の体の秘密
先日のコオリイワシの続き。コオリイワシは名前のとおり、マイワシやカタクチイワシのように南極大陸の沿岸(大陸棚域)に著しくたくさん生息する魚類です(写真)。南極海で多くの魚が底生性なのに対し、この魚は完全な中層生活に適応しました。鰾(うきぶくろ)を持たない彼らがどのように中層生活に適応したのでしょうか。まず彼らが考えたのは体を軽くしてしまうことです。さて、脊椎動物のパーツで最も重いのはどこでしょうか。それは骨です。骨の比重は体のどの組織より大きいのです。コオリイワシは骨の中でも
あろうことか脊椎骨を軽くしてしまいました。彼らの脊椎骨は中空で、中はゼラチン質の組織が充満しています。強い筋肉は頑丈な骨が無いと支えられません。体の中心に位置する脊椎骨がこのありさまということは、この魚がまともに泳げないことを示しています。それでも何とかなる理由があるのですが、これはまた別の講義で。ともかく、中層適応のために彼らはもうひとつ工夫をしています。筋肉の間に大きな脂肪の袋をいくつも持っているのです。骨を軽くして、比重の小さい脂肪の袋をもつことにより、彼らは中層でエネルギーを使わずに浮いていることができるのです。
さて、この丸干しの味です。丸干しはデータを取った後、林一等航海士(現神鷹丸船長)が作ってくれたものです。冷凍して持ち帰り、帰国してから七輪で焼きました。うーん・・・。不味くはないのですが、したたる脂がすごい。前述の筋肉の間の脂があるので、ものすごい炎と煙が出ました。人間には手ごわいコオリイワシですが、この脂がペンギンやアザラシには重要な栄養源になっているのはいうまでもありません。

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憧れの・・・
極端に寒冷な南極海で、進化・適応した魚類のグループは多くはありませんでしたが、そんな環境で成功したものは、やっぱりちょっと変わった生理・生態機構を備えています。コオリイワシという魚もその一つです。彼らが所属するノトセニアという分類群は、鰾(うきぶくろ)を持たない底生性の種類を祖先として進化したため、今でも鰾を持っていません。鰾を持っていないと中層で暮らすためには、浮くためにいつも泳いでいる必要があり、、たいへんなエネルギーを消耗してしまいます。そのため、ノトセニア類のほとんど
が底生か海底のすぐ上で暮らしています。南極海では底生生活のメリットもあるのですが、皆が海底付近にいればそれなりに競争も激化することでしょう。一方、中層や表層には、おなじみのオキアミがたくさん生息しています。オキアミは脂肪なども多く栄養がいっぱいです。もし、彼らが表中層生活に適応できればこのオキアミを独占できます。実は、そのあこがれの中層生活への適応に成功した数少ない種のひとつがコオリイワシです。この進化・生態について書き始めると、講義一回分になってしまいますが、次回以降なんとか解説してみましょう。写真はコオリイワシの丸干しです。この丸干しは、はたしておいしかったのでしょうか。味についてもまた、近いうち。

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バランス
先日のナンキョクオキアミの話のなかで「膨大な資源量」と書きましたが、我々の観測でも写真のように一網で大量に採集されることがあります。このように大量に採れる海域には不思議なことに、カイアシ類などほかの動物プランクトンが少なくなる傾向があります。これは、大量のオキアミが餌となる植物プランクトンを食べてしまい、同じくそれらを餌としているカイアシ類などが生息できない、あるいは単に空間的な競合があるなど、いくつかの要因が複合的に働いているためと考えられます。このように、生物の分布は「食
う-食われる」などの相互関係によって成り立っており、一部の種が急に増加したり、減少したりすることによってバランスが壊れます。しかし、これが一定範囲の増減であれば、同じ相互作用によってバランスをとり戻すことができます。南極海の生物は数千万年かけて、この生態系を進化させてきました。その生態系を人間は200年で壊そうか、としているところです。
本日、日本南極地域観測隊ご一行が成田を発ちました。オーストラリアはフリーマントルで「しらせ」に乗船し、南極へ向かいます。みなさん、ご無事で。

エビとはちょっと違います

オキアミという生物をご存知でしょうか。エビのような生き物ですが分類学的にはやや異なります(釣りの餌に使われるこのオキアミを、以前わたしが住んでいた広島県では実際に「エビ」と呼んでいました)。南極海には数種類が生息していますが、なかでもナンキョクオキアミ(写真)という種は膨大な生物量を誇っており、ペンギンやヒゲクジラ類をはじめ、魚類など多くの生物がナンキョクオキアミを食べて暮らしています。実際には「食べて」なんというのん気なレベルではなく、ほとんど「依存」しているといってよいか
もしれません。そのため、ナンキョクオキアミの分布や生物量は生態系全体に大きな影響を与えることから、彼らはKey species(鍵種)と呼ばれます。その膨大な資源量はペンギンやクジラのみならず、当然ヒト科のヒト(Homo sapiens)にも注目され、食料として利用できないものかと、ずいぶん研究され漁業も行われた時期もありました。かくいう私も、20年前に大洋漁業のトロール船にオブザーバーとして乗船したことがあります。採算が合わなかったのか、利用価値が見出せなかったのか、日本は今ではほとんど撤退したようです。ヒトはヒトの都合ですぐオキアミを食べることをあきらめましたが、ペンギンやクジラは、氷の浮かぶ海で今日もお腹いっぱい食べています。
緑の部分が南極大陸
インターナショナルコラボ
オーストラリアからグラハム・ホージー博士が東京海洋大学を訪れました。博士は南極科学委員会(Science Committee on Antarctic Research, SCAR)のチーフ・オフィサーで、今週いっぱい海洋大に滞在し、海洋大とオーストラリアとの共同研究に関するミーティングに出席するほか、学生向けの講義も行う予定です。博士は「海鷹丸」に乗船して一緒に南極で観測を行ったことがあります。そのため、「海鷹丸」が南極海の研究においていかに重要かをよく知っており、世界の南極研究者に「Umitaka-Maru」の名を知らしめてくれた立役者のひとりです。私も博士とは長い付き合いで、これまでに重要な共同研究をいくつも行ってきましたが、ずいぶんといっしょにお酒も呑みました。Life is too short to drink bad wine(不味い酒なんか呑んでるほど、人生は長くないんじゃい!)が口癖です。連日のん気な写真ですみません。


広報活動
きょうはお茶の水女子大学で、南極の魚類について講義をしてきました。日本では、南極の海洋生態系を専門とする研究者は非常に少ないのが現状で、自分たちの研究分野を盛り上げるためにも、南極海について少しでも多くのひとに興味を持ってもらうことが重要です。なので、最近は近所の公民館から、高校や大学など様々な機会・場所で、南極の生態系について講義をしています。お呼びいただければ、日本全国どこへでも馳せ参じます。男と言うのは馬鹿な生き物で、女子大と聞いただけで、新しいシャツをおろし、なぜか家を出る前に風呂に入り、髭まであたってしまいました。もちろん、何の意味もありませんが。理学部生物学科のみなさん、一緒に南極へ行こうじゃないか!きょうはどうも(素晴らしい学生さんと記念撮影)。


南極の魚の赤ちゃん
海鷹丸は、次の寄港地ホーチミンに向けて順調に南下しているようです(http://www.s.kaiyodai.ac.jp/ship/cgi-bin/umitaka/umitaka39/diary.cgi)。ところで、私の専門は南極海の生態系ですが、なかでも魚類の専門家ということになっています。南極海には、極端に寒冷な気候に適応したノトセニア類という魚類が生息しており、その生理・生態はとても興味深いものがあります。ノトセニア類以外にも南極海にしか生息しない固有種も多く、我々が今もっとも注目しているのはハダカイワシの仲間です。彼らの親は200 mより深い層にいますが、その子供(仔魚、しぎょ)は200 mより浅い層に分布しています(写真、卒業生の辻村さん撮影;体長15.6 mm)。こんな小さい仔魚の生態は、これまでよく分かっていませんでしたが、我々の一連の研究で少しずつ明らかにされてきました。これらの研究は、日本のお家芸ともいうべき細かい技術とこだわりが無ければできない、きめの細かいものです。写真はナンキョクダルマハダカの仔魚ですが、先日フェースブックで世界初公開しました。たぶん。


○曜日は○○の日
きょうは金曜日。自衛隊の艦船では金曜日には必ずカレーライス、と聞いたことがありますが、海鷹丸でも決まりごとがあります。ただし、それは金曜日ではなく日曜日の朝です。それは週に一度のパン食。写真はことし(2012年)の1月15日の朝食です(もちろん南極海で)。パンが出ると、ああ今日は日曜日か、と気づくことができます。長い航海では、栄養バランスの整った食事が健康維持のために重要なのはいうまでもありませんが、その時間は単調な船内生活のなかで貴重なお楽しみでもあります。調理するコックさんらは、陸上のレストランとは全く異なる発想と工夫で献立を組み立て、調理をされています。だから、うまいっすよ。ほんとに。たぶん南極圏内で一番うまいレストランが、ここにあります。


あり得ないコラボ
南極と北極、似ているようでずいぶんと違います。南極点は大陸上にありますが、北極点は海の上、というか海氷の上、というか下というか、にあります。つまり南極海は南極大陸の周囲に広がっていますが、北極海はユーラシア大陸や北米、グリーンランドなどに囲まれた海です。冷たい海であることに違いはありませんが、そこに生息する生物も似ていたり、似ていなかったり、です。写真は青森市内の工事現場です。昨年の夏、海鷹丸が入港した際に撮りました。ペンギンは南極、シロクマ(ホッキョクグマ)はもちろん北極、アザラシは両極にいます。まあ、自然界ではとにかくあり得ないコラボレーションです。もし、南極にシロクマちゃんがいたら、ペンギンちゃんはみんなシロクマちゃんのご飯になっちゃいますね。


ユキドリ(実物)
ユキドリ
出航用意!
11月11日
あす、東京海洋大学の練習船「海鷹丸」が遠洋航海実習に東京豊海埠頭を出航します。この航海では様々な実習が行われますが、一部区間(12月31日~1月24日、フリーマントル→ホバート)は南極海の調査研究航海となります。「海鷹丸」としては16回目の南極航海(Kaiyodai Antarctic Research Expedition 16th, KARE16)で、隊長は北出裕二郎准教授です。私はこの航海に乗船しませんが、フェースブックを使ってしばらくKARE16をフォローしていこうと思っています。写真はちょっと古い(Jan, 2008)ですが南極大陸を背景にした「海鷹丸」です。ちなみに本日「しらせ」が晴海を出航しました。ご安航とミッションの成功を祈っています。

あす、東京海洋大学の練習船「海鷹丸」が遠洋航海実習に東京豊海埠頭を出航します。この航海では様々な実習が行われますが、一部区間(12月31日~1月24日、フリーマントル→ホバート)は南極海の調査研究航海となります。「海鷹丸」としては16回目の南極航海(Kaiyodai Antarctic Research Expedition 16th, KARE16)で、隊長は北出裕二郎准教授です。私はこの航海に乗船しませんが、フェースブックを使ってしばらくKARE16をフォローしていこうと思っています。写真はちょっと古い(Jan, 2008)ですが南極大陸を背景にした「海鷹丸」です。ちなみに本日「しらせ」が晴海を出航しました。ご安航とミッションの成功を祈っています。
